JF1GJKの徒然日記

このブログはJF1GJKの徒然なる日常と主宰する同人サークル「ココナッツ」の情報を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。

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一連の地震報道に物申す

こんばんは、JF1GJK/東海林音也です。

地震から三日、だんだんと被害状況も明らかになってますね。

さて、首都圏に住んでる人たちは一日、計画停電騒ぎに振り回されたんじゃないかと思います。
現に自分もいろいろ振り回されましたから。

でも

やっぱりマスゴミはマスゴミなんですね……
何で東京電力を叩くことしかしないんでしょう。
確かに東京電力の対応が悪かったと思う部分もあります(発表がぎりぎりになったりとか)
でも逆を返せばそれは出来る限り停電させまいと裏で必死の努力を行ってるからではないでしょうか。
マスコミの問題点は物事を一つ木綿からしか報道してないと言うこと。
原発の話にしたってそうです。
日本の原発の安全基準は世界一と言っていいほど厳しいです。

水素爆発程度ですんでいることが世界的にはすごいのです。
それにいちいち騒ぎ過ぎとも思います。もっと落ち着いて行動して欲しい。

いろいろ言いたいこともありますが言葉でまとめにくいのでこの辺に・・・


では

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東北地方太平洋沖地震

皆さんおひさしぶりです。JF1GJK/東海林音也です。
まさか半年ぶりの更新がこんな話題になるとは・・・
皆さんご無事でしたか。

自分は一応無事でしたが・・・
見事に帰宅難民と化しました。。。
金曜日・・・いつも通り学校の実習室で卒業制作の作業をしてました。
昼食も済ませ午後の作業をしていた中で迎えた運命の14時46分。
最初はカタカタと小さく揺れてみんなの反応もなんだ地震か、程度。すぐ収まると思ってみんな作業を続けてました。しかしいつまでたっても収まらない。それに揺れ方がだんだん強くなってる。これはおかしい。だんだんたっているのが大変になる。これはやばい、と思ってみんなに部屋の中央に集まるように指示。
案の定その直後から壁際の棚が動き始める。
オシロスコープが積まれた棚が大きく揺れ、倒れる。
正直、もう阿鼻叫喚。何が何だか分からなかった。
学校がある大田区蒲田は震度4とのことだったが正直、近くの羽田空港が震度5弱だったことを考えると上ぎりぎりの震度4だったと思う。
揺れが収まるとすぐにテレビをつける。よく分からないけど大変なことが起きてる。そんな印象でした。
そして廊下に出た友人が廊下が煙たいと騒ぎ出す。
火事か?と思って廊下に出る。確かに煙たいが何か違う。よく見ると床に何かの破片が飛び散っていた。
最初は石膏ボードの破片かと思った。でも違う。コンクリートの破片でした。
周りを見ると増築工事の時の継ぎ目が外れている。と言うか離れている。
しばらくするとほかの職員がやってきて避難命令。
外の広場に避難する。年度末で人が少なくなってたとはいえ数百人の学生・職員が校内に残っていた。
その後も続く余震。見たくなかった、今まで自分が居た建物が増築部分と別々に揺れてるところなんて・・・
そうこうしているうちに16時過ぎ。学生には解散の指示が出た。
自分も無理だと思いつつ蒲田駅に向かう。
行ってみると駅ビルを含めて建物自体が閉鎖されていた。何でも建物の一部が壊れたそうで・・・
仕方なく学校で合流してた小中学校時代の友人で同じ学校の別の学科に通うYくんと一緒に川崎まで歩いてみることに(この時点では終日電車が動かないなんて思いもしなかった)
一時間かけて川崎まで歩いたものの駅のシャッターは固く閉ざされ、当日中の運転再開見込みはないとのこと

携帯電話のバッテリーも底をつきかけていた上に輻輳でろくにつながらない状態だったので公衆電話を探す。
見つけたは良いが一台しか無くかなりの人が並んでいたが仕方ないので自分も並ぶ。
30分ほど待ってやっと自分の番
まず高校時代の先輩に電話、あわよくばくるまで迎えを呼べないか考えるがつながらず・・・
続いて母親、その前の時点で連絡は付いていたが帰れなくなった報告のために電話。しかしつながらず・
最後に祖母、自宅に電話があったことが分かっていたので念のため電話。静岡だし普通に無事だった。
そんな状態で仕方なく再び学校へ戻る。
途中で道を間違えて迷子になったりもしたが20時30頃に何とか到着。
12階のラウンジが学生用休憩場所として開放されていた。一般人にも地下のホールを解放していたらしい。
おにぎりと飲み物が配給され何とか一安心
NHKニュースが流されだんだんと事態の重大性が明らかに。
翌日も大変だろうと思い1時前には寝ようとした。しかし緊急地震速報で何度も起こされた、しかもNHKの音声とそこにある数百台の携帯電話が同時になってかなり不気味だった。
8時に京浜東北線が運転再開見込みとの情報が入り行動開始。
改札に入るも動く気配はなく京急に振り替えてもらおうとしても京急の方がパンクしてて振り替えしてないと。
仕方なく待つ。一時間待ってようやく電車が来た。だが間隔が詰まってたらしく。一駅ずつ動かしていた上に鶴見止まりに。仕方なく京急に乗り換え。ここまで所要時間30分(通常の5倍)振り替え輸送は再会していた。
普通列車でひとまず横浜へ。
あわよくば東海道線に乗り換えたかったがとんでもない行列になっていたのであきらめ京急で引き続き新逗子まで行くことに。その後はスムーズに行き、新逗子駅には11時30分頃着いた。
横須賀線に乗り換え、鎌倉に着いたのが昼前。1時前には自宅につけました。

しかしさらなる悲劇が自分を待て居ました。
自室の戸を開けると。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本棚がぁ~~~~
倒れてPCが本の中に生き埋めになってました。
その救出とふっきょうだけで大変な労力でした。


今回の地震の被害
PCケースが破損(前のカバーが割れた)
本棚破損(棚板の前面に大きなへこみ)
肉体へのダメージ プライスレス
精神的ダメージ プライスレス

何か文字だらけですが今回の地震の一部始終をまとめてみました。

明日は朝から計画停電らしいのでおとなしくしています。

そして、最後になりましたが今回の地震でなくなられた方のご冥福をお祈りします(合掌)

では。

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